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大山倍達マニアック検定

ある日の極真会館 7(現代カラテマガジン 1972年12月号)

JUGEMテーマ:空手
 

 はい、昨日気付きましたが、先月このシリーズを更新してなかったんですよね。 ぶっちゃけ、更新した気になってましたw
 当ブログは本当に只のレビュー、というのはあまり多く無く、大体は関連ネタや資料を付けるので、学校の先生で言えば授業より雑学ネタが多い感じでしょうか。 その中でもこのシリーズは1冊しか使わなくていい、しかもデジタルデータだからスキャンもいらない! という事で正直楽してる訳です。 最大でも2時間位で書き終わりますしね。 なのになんで忘れてたんだろう…?

現代カラテマガジン1972_12.jpg

 さておき、今回は「現代カラテマガジン」 1972年12月号を紹介します。 メインは第4回全日本の特集ですが、この大会はレビュー済みですね。 それではどうぞ。



〈写真ニュース〉

現代カラテマガジン1972_12_2.jpg

炸裂!!
第4回オープントーナメント大会

□大会詳報
空手日本一は誰か!?

現代カラテマガジン1972_12_3.jpg

□大会観戦記
第一回世界大会前哨戦
 文: 真樹日佐夫

現代カラテマガジン1972_12_4.jpg

 極真会館大山倍達館長によれば、来る世界大会に出場する外人勢の平均体重は、コリンズ級の九十キロということだ。 日本勢のなかにも、技の切れ味はもとより、体重に於ても外人勢に見劣りせぬ大型選手の出現が切望される次第である。
 ーーということで、結論。 この第四回大会、第一回世界大会前哨戦として見る限り、巨体おコリンズ選手一人に引っかきまわされ、先き行きは相当に暗いということだ。
 奮起せよ、日本勢!
 

〈読切連載〉 最終回
空手奇談 (番外篇・大山倍達の手記)
 「日本人ここにあり!」
 文:真樹日佐夫

連載劇画 血風録(最終回)
 絵:制野秀一(つのだ・じろうプロ)

連載小説 青春賭博(7)
 文:高森真土

特別寄稿
少林寺はニセモノだ!!〈2〉
金剛禅正統少林寺拳法は 中国拳法のマガイモノだ
 文:谷口統健(秘拳日本妙道会 主宰)

クニの目
 文:福沢拳山

海外だより
レン・バーンズ
南アフリカ地域連盟副委員長 ケープタウン支部長 三段
 1918年9月、スコットランドに生まれる。 ヨーロッパ及びインド、ビルマで兵役を過ごし、終戦後は家電のエンジニアとなり48年に南アフリカに移住。

現代カラテマガジン1972_12_5.jpg

 49年、ケープタウンで最初の柔道会を開設、その頃に寄港する日本船や韓国船の船員より空手の手解きを受け、南極観測船宗谷の乗組員ナガタニ氏より本格的に空手の基本を学び、59年に空手道場を開設、翌60年、大山倍達館長に手紙を書き、極真会館のメンバーとなる。 65年に三段となり支部長認可を受ける。

ナルディ・ニールワント
インドネシア支部長 初段
 1939年9月、インドネシアに生まれる。 高校時代に雑誌で牛とたたかう大山館長の記事を読み感銘を受けるが、当時は空手を学ぶチャンスが無かった。 その後64年に"What is Karate?"を読み東京に手紙を送り、交流が始まる。 その頃吉田という人物より空手を学び、初段となる。

現代カラテマガジン1972_12_6.jpg

 67年7月、3人の生徒と共に最初の空手学校を開き、1年後には200名を超える。 同年、シンガポールの極真会館東南アジア本部道場で修業を開始し、そのまま東京本部で12月まで学ぶ。 70年10月、支部長認可を受け、現在は16の支部を持つ。

空手バカ一代 (7)
 文:梶原一騎


 という事で以上です。 今回は大会特集号なので短いですねぇ。 まぁ、これはまだ良い方で、「○○アルバム」とか付く時なんか、写真しか載ってませんしね。 紹介する際には、2本立てじゃないとあれかなぁと思ってます。
 本編には書いてませんが、外国人が準優勝、というのはかなりの危機感になった様で…これは全空連の世界大会も影響していると思いますが、真樹日佐夫先生も煽り立てる様に書いてます。 技は日本選手の方が上だから負ける筈が無い、的な事を仰ってる方も居たのですが、じゃあ体格に勝る外国人選手が日本選手に比する技術を身に付けたら、どうなるのか? 本部で2年間稽古を重ねたハワード・コリンズ先生がその成果を見せちゃった訳ですね。
 いずれにせよ今大会以降、世界が明確に見えて来たんじゃ無いですかね。
 それでは、また。


参考文献:
現代カラテマガジン 1972年12月号 現代カラテマガジン社 1972年


 






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コメント
宮城の小さな巨人、岩崎弥太郎氏は強く記憶に残っています。

その後大道塾北斗旗でも活躍されておられましたね。
ベスト32に宮城支部の選手(東支部長先生も含んで)が
3人も残るって地方支部としては凄くないですかね?
東先生、矢嶋氏、岩崎氏それぞれ個性的な戦い方が思い出されます。

今でも東先生のファンです。
  • サミ
  • 2012/07/16 7:55 PM
すみません(汗)
コメする場所間違えました。
第9回大会の記事です。
  • サミ
  • 2012/07/16 7:59 PM
>サミさん
いえいえw
宮城支部はトップが引っ張ってるから勢いもあったと思いますね。 浜井識安先生の所も少し遅れて名選手を輩出してますし。
確か岩崎、矢島、両先生とも77年12月に初段になったんじゃなかったかな。
いずれにせよ、素晴らしい功績です。 極真に残っていたら、チャンピオン製造工場と呼ばれたかも知れませんねぇ。
まぁ、この記事から5年後の話ですがw
  • Leo
  • 2012/07/16 10:34 PM
押忍すべての写真をありがとうございます
感謝感謝
  • 館長タバタブイ
  • 2013/11/24 12:36 AM
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